『万物の後輩』は営業マンから芸人へ【コネオ・インターナショナル(前編)】

「失礼しますー!」大きな声と大きな顔で登場するピン芸人『コネオ・インターナショナル』。自称『万物の後輩』の彼は、どのようにしてお笑い芸人になり、なぜそこまで先輩をヨイショするようになったのか。コネオ・インターナショナルに……、コーヒーブレイク・インタビュー!

※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、リモートによるインタビューとなっております。画像は、リモート画面のキャプチャーと、ご本人よりご提供いただいたものを掲載しております。

(リモートインタビュー キャプチャー画像)
コネオ・インターナショナル
生年月日 1985年7月27日生まれ
出身地  山梨県富士吉田市
血液型 A型
サイズ 身長180cm/体重90キロ/靴28cm
趣味 パズドラ、お酒、ラーメン、海外ドラマ、パチンコ、パチスロ
特技 ピアノ・ボート(全日本新人選手権4位、井の頭公園で誰よりも早く自由自在に乗りこなせます!)、過酷なロケ(体張れます!!)、辛い食べ物が食べられる(北極ラーメンの10倍)、万物の後輩になれる!!、誰にでも上手なヨイショが出来る!
資格 普通自動車免許
(出典:プロダクション人力舎公式HP

幼馴染に2回フラレて

コネオ:失礼しますー! よろしくお願いしますー!

――よろしくお願いします(笑)。まずは、コネオさんが芸人を目指したきっかけを教えてください。

コネオ:高校生のときに見た『M-1グランプリ』さんです。そんなに僕、テレビめちゃくちゃ見てたわけじゃないんですけど、『M-1グランプリ』さんは異様にかっこいいイメージがありまして……。

――なるほど。

コネオ:特に2004年の『アンタッチャブル』さんですね。面白すぎて感銘をウケました。面白いことがすごくかっこいいなって。

――そうなんですね。

コネオ:漫才をやりたくて、幼馴染を誘いました。

――返事は?

コネオ:向こうはそんなに乗り気じゃなくて、養成所に行くのは断られました。「お前、そこまで本気だったの?」みたいな。僕ばっかり熱量が高くて。

――残念。

コネオ:そうこうしてたら、僕も大学のスポーツ推薦が来ちゃいまして。そっちに行くことにしました。それで、大学を卒業する前にもう1回、その幼馴染に声かけたんです。そしたらまた断られちゃって……。

――(笑)

コネオ:じゃあ1人で養成所行くかってなったんですけど。いろいろ調べたら、お金がかかることがわかったんです。

――もちろんそうですね。

コネオ:お金を貯めるために、地元で1番給料がいい会社に就職しました。

――何系のお仕事ですか?

コネオ:半導体工場の営業マンです。「お宅の商品をウチで作らせてください」って感じの。

――お金は良かったんですか?

コネオ:山梨の企業なんですけど、東京に営業所があって。そこに飛ばされると出向手当が付いて、月30万くらいでした。

――新卒でかなりいい方ですね。

コネオ:そこで2年間サラリーマンやって、お金も貯まったんで「よしやろうか」ってなったタイミングで、逆に誘ってた幼馴染から「俺がやるって言ったらどうする?」って言われて(笑)。

――(笑)

コネオ:それで向こうも仕事を辞めて、2人でプロダクション人力舎の養成所『スクールJCA』さんに入りました。

そしてまた幼馴染にフラれ

――スクールJCAでは、その幼馴染の方とコンビを組んだのですか?

コネオ:はい。『天の川』ってコンビで、漫才を。

――『アンタッチャブル』さんに影響された漫才ですか?

コネオ:そうしたかったんですけど、相方がどちらかというと暗い、不気味なキャラだったんですよ。なので『アンタッチャブル』さんのような漫才ができなくて。相方が言っちゃいけないことを言うみたいなボケで、僕がツッコミでした。

――ウケはいかがでしたか?

コネオ:養成所内では、ライブで1位を何回か取ったって感じでよかったんですけど。プロになったらあんまりウケなかったですね(笑)。

――コンビはどのくらい続いたんですか?

コネオ:3年です。養成所で1年、所属して2年くらい。

――解散のきっかけは?

コネオ:ある日、僕がお世話になってるディレクターさんに飲みに誘っていただきまして。そのディレクターさんが「相方も呼びなよ」って言ってくださったんです。それで相方を誘ったら「行かない」って言い出しまして。

――はい。

コネオ:僕、人の繋がりを大事にしてるんで、めちゃくちゃ怒ったんです。そしたら結局来たんですけど……。飲み会が終わったら、終電がなくて。池尻大橋から新宿の方まで2人で歩いて帰ることになって……。

――軽く1時間以上はかかる距離だと思います。

コネオ:その帰り道で「解散したい」って言われて。

――なぜ?

コネオ:いろいろあるんですけど、その年の『THE MANZAI』さんの予選で、相方がネタ飛ばしてグダグダになっちゃって。それで心折れてたってのいうのもあったり。

――なるほど。

コネオ:引き止めたんですけど、とにかく帰り道が長いんで(笑)。「やめる」「やめない」の話をずっとすることになっちゃって。

――(笑)

コネオ:最終的に新宿に着くころには「僕の新しい相方はどんなやつがいいか」って話しだして。「こりゃダメだ」って。

(仙台駅前にて)

次こそは明るい漫才を

コネオ:結局解散してしまうんですけど、ちょうど同じころに『ニッコリスイング』っていう同期のコンビも解散しちゃいまして。そこも片方が辞めることになったんで、余った者同士で組み直しました。

――コンビ名は?

コネオ:『あっぱれ!』っていうコンビ名です。

――『あっぱれ!』は漫才を?

コネオ:そうです。その相方も『アンタッチャブル』さん好きで、柴田さんを尊敬してて。「これはもともとやりたかった明るい漫才ができそうだ」って思いました。

――なるほど。

コネオ:「2人とも超明るいで行こう」というコンセプトで。

――ウケはいかがでしたか?

コネオ:最初はけっこう調子よくて。『天の川』のときには出来なかった『THE MANZAI』さんの1回戦も通って。K-PROさんのライブとかにも出させてもらえるようになって。『おもしろ荘』さんのオーディションに3年連続最終まで行かせていただきました。

――いい感じだったんですね。

コネオ:そうなんですけど、途中で相方がだんだんポンコツみたいになっていっちゃったんです。まともに喋れないっていうか。ツッコもうとしても言葉が出てこなくて「ガッ!ガッ!」って擬音しか言えないみたいな(笑)。

――え(笑)?

コネオ:壊れだして本当に。でもそれが面白くて、周りもイジるようになってきたんです。ライブとかでもポンコツイジりがめちゃくちゃウケるようになってきたんですけど。

――キャラが浸透してきたんですね。

コネオ:でもそれが、相方のやりかったこととマッチしてなくて。だんだん苦悩に感じてきたみたいで、暗くなってきちゃったんですよ。当時最初に「これだけは守ろう」って約束してたコンセプトの『明るくやろう』ってのができなくなってきて……。

――悲しい(笑)。

コネオ:コンビ組んで3年くらいだったんですけど、ついに相方が「辞めたい」って言い出して。解散しました。