幼馴染2人でお笑い界のハイブランドを目指す【きつね(前編)】

(ロケにてゾンビメイク)

大学時代にスカウトを受ける

大津:僕らの活動を学園祭実行委員が知っててくれて、ミスコンのMCに抜擢してくれて。僕らと平井くんの3人でMCをやったんです。軽いネタみたいなのもやってて……。

――はい。

大津:そこに、たまたま松竹芸能のマネージャーさんがいはって。「松竹入れへんか?」って言われたんです。

淡路:「ネタ見せ来てみいや」みたいな。

――それで松竹芸能に所属するんですか?

大津:ホンマは養成所からスタートしなきゃなんですけど、僕らは特待でってことになって。それで入りました。

淡路:入ってみたら、僕らの他にも特待の人がいっぱいいましたけど(笑)。

大津:でも、声かけてもらえたのは、ホンマ嬉しかったですね。

淡路:そこがプロになる転機でしたね。そこでみんなで話し合って……。僕も迷いはあったんですけど、大津と平井くんが前向きやったんで、それについていったって感じですね。

大津:今まで話に出てなかったんですけど、もう1人、上田ってのがいて。僕らと、平井くんと、軒志郎と、上田の5人で入りました。

――大所帯ですね。

大津:でも、そのときはまだ大学2年生っていうのもあって。軒志郎は留学に行くことになって辞めました。

――4人になりました。

大津:そのあと、平井くんが上田に対して戦力外通告したんですよ。

淡路:次の日ライブやのに、上田がネタ合わせ遅刻してきたんです。なんで遅刻したか問いただしたら「エヴァンゲリオン見てた」って。

大津:アレ決定打やったな(笑)。で、僕ら3人になって。その3人で正式に所属になりました。

――ユニット名は?

大津:最初は『100ジェシカ』って名前だったんですけど『ジェシカ』さんって先輩がおったんで『100レノン』になりました。ビートルズ好きだったんで。

――『100』はどこから来たんですか?

大津:コンビ名に数字入れてるコンビが少なかったんで、検索に引っかかりやすいようにですね。

――その後『インベーダーズ』という名前に変わります。

大津:それは、大阪よしもとの芸人さんが主催しているフリーのライブに出演するときに、松竹芸能の名前でエントリーできなかったんで……。

淡路:そんな理由やったっけ? 僕は気分転換くらいに思ってました(笑)。

大阪松竹時代

――3人はどんなネタをやられていたんですか?

大津:コントなんですけど、いろいろやってましたね。いろんなものに影響受けて……。その都度違いましたね(笑)。

――影響を受けたという意味では、先ほど『ラーメンズ』さんの名前も出てきました。

淡路:『鬼ヶ島』さん見て、ダークファンタジーな世界観に影響受けて、それ目指したときもありましたし。

大津:平井くんが漫画の『サラリーマン金太郎』に影響受けたときもあって……。『サラリーマン金太郎』って、人を殴ったりするときに「うっりゃあ!」って言うんですよ。それで、コントの終わりで「ありがとうございました!」ってなったあとに、平井くんのタイミングで「うっりゃあ!」って言ったり(笑)。

――(笑)

大津:暗転しかかったときに突然「うっりゃあ!」って言うんで、照明さんもビックリしちゃって。もう1回電気つくんです。あれは困りましたね(笑)。

――大阪松竹ではどのくらいやられていたんですか?

大津:2、3年くらいですかね?

淡路:最初の1年くらいは事務所ライブに出てたんですけど、みんなその状況に違和感があったんです。大学でやってるように好きなネタを好きなだけやりたいっていう精神がみんなけっこう強くて……。

――なるほど。

淡路:大津がダメ出し受けてるときにガム噛んでて、作家さんに嫌われたり。

大津:(笑)

淡路:僕らも19歳とかやったんで、わがままだったと思うんですけど。

――2年生のときにスカウトされたとのことでしたが、大学はどうされていたんですか?

淡路:僕は奨学金で行ってて、芸人になりたいとしか思っていなかったんで、これ以上大学続けても借金増やすだけやなと思って、中退しました。

大津:僕は親に「大学だけは出ろ」って言われてたんで。卒業しました。

淡路:でも事務所にも全然顔出してなくて。大津が大学4年になるくらいのときに松竹芸能を辞めました。それで、今から大阪で……、よしもとで頑張るんかっつったら「違うなあ」と思って、東京行くことに決めました。

――なるほど。

淡路:東京の資金を貯めるために、僕と平井くんは1年バイトして、その間に大津が大学を卒業したって感じですね。

上京、ホリプロコムに所属

――上京してホリプロコムに所属することになります。たくさんある事務所のなかで、ホリプロコムを選んだ理由は?

大津:タレント業もしたい、ドラマとかにも出たいっていうのが僕個人としてはあって。ホリプロコムならそういうチャンスもあるかなって。

――なるほど。

大津:あと、当時のホリプロコムって、若手だけで言えば少数精鋭でやってたイメージだったんですよね。どちらかと言えばそういうところの方が性に合うかと思って。

――それで『ホリプロ笑売塾(養成所)』に行くんですね。他はまったく受けなかったんですか?

大津:ホリプロコム1本です。

淡路:東京でフリーになったら、いつ所属になるかわからない恐怖があったんで。それなら内側に入って、かわいがられて所属した方が時間を無駄にしないかなって。

大津:養成所に入ったときに名前が『きつね』になりました。

――平井さんを含めた3人で所属することになるんですか?

大津:事務所の所属をかけた最後のライブで……。ネタが仕上がってあとはやるだけってなったときに、平井くんが「辞める」って言い出して。

――それはなぜ?

大津:『絵本作家目指す』っていうのと『心理カウンセラーになりたい』っていう2つの夢が生まれたとのことで、それは辞めるしかないなと(笑)。

――そのライブはどうなるんですか?

大津:2人でやって、普通にウケて。所属になりました。

(リモートインタビュー キャプチャー画像)

コンビ名の由来は?

大津:『MAISON KITSUNE』っていう服のハイブランドがあって。音楽でも『Kitsuné』っていうレーベルがあるんですよ。どっちもわりとブランドとしての格式が高いんで、自分らもお笑いとしてそういう存在になれたらいいなあって。

――なるほど。

淡路:でも2人になったときに名前変えてみようってなって、一時期『ドラゴン&フェニックス』で活動したこともありました(笑)。

――(笑)

淡路:あえてダサいのを付けたんですけど、マジでダサかったんで。恥ずかしくなってすぐやめちゃいました(笑)。

――『きつね』は検索にヒットしにくいと思いますが……。

大津:それがね、しないんですよ(笑)。

淡路:僕が『きつね』いいなあって思ってるところは、結局どんな名前つけようが、略されるじゃないですか。それが『きつね』3文字なら略されないってのはいいですね。

大津:他にもいいところとしては、例えば『EXIT』って生活のなかでどの瞬間でも見る文字じゃないですか。そういうよく見るものの名前って、その名前を見るたびに思い出す、刷り込みみたいな効果あると思うんです。単純接触効果みたいなものは生まれやすいなあって。

――なるほど。

大津:エゴサーチして出にくい文字って、逆にそういうメリットはあると思います。

――エゴサーチはまったくしないんですか?

大津:番組出たときとかは評判は気になるんで、その番組のハッシュタグとかで見たりしますね。

幼馴染のメリット・デメリット

――幼馴染のメリット・デメリットはありますか?

大津:メリットとしてはケンカになりにくいですね。お互い「ここはあんま言ったらアカン」っていうのがわかってるんで。ケンカになったとしても一瞬で終わります。

淡路:デメリットなんですけど。企画で暴露話になったりしたときに「コイツこういう一面もあるけど、こういう優しさもあるよな~」って思っちゃって。全然出てこないんですよね(笑)。

大津:(笑)

淡路:どうしても多角的に見ちゃうんで、イジりづらいときはあります。

――幼馴染だとエピソードがいっぱいあるようなイメージもありますが……。

大津:僕ら特にそういうところあるかもしれないですね。

淡路:「相方クズなんですよ~」みたいなトークってあるじゃないですか。「いやでも、クズじゃない部分もいっぱい知ってるしな~」ってなっちゃうんですよね。

――(笑)


『暴露話が全然出てこない』というところで終わりましたが……、インタビューを振り返ってみると全然そんなことはない! 小学生時代から、特に淡路さんから大津さんに関するエピソードが満載。もしかしたら、距離が近すぎて『もっと過激なことを言わないと暴露とは言えない』感覚になっているのかもしれません。それも幼馴染ならではなのでしょう。きつねのコーヒーブレイク・インタビュー、後編へ続く!(7月17日更新予定)