趣味でギャグを作っていた中学時代【どんぐりたけし(前編)】

「C!3!P!O! R!2!D!2! D!T!K!C! どんぐりたっけっしー!」これでもかというほど、ハイテンションで無数のギャグを連発する『どんぐりたけし』。どのようにしてギャグが量産されるのか? そしてなぜ『どんぐり』なのか? どんぐりたけしに……、コーヒーブレイク・インタビュー!

※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、リモートによるインタビューとなっております。画像は、リモート画面のキャプチャーと、ご本人よりご提供いただいたものを掲載しております。

(リモートインタビュー キャプチャー画像)
どんぐりたけし
本名 大野剛史(おおの たけし)
生年月日 1992年8月27日
血液型 O型
サイズ 身長:169cm / 体重:54kg
出身地 茨城県牛久市
趣味 サッカー、フットサル、服
特技 デビルスティック、一発ギャグ
資格 普通自動車第一種免許
(出典:ケイダッシュステージ公式HP

きっかけは『ハイスクールマンザイ』

――お笑い芸人を目指したきっかけは?

どんぐり:高校2年のときに、中学のときの同級生が「『ハイスクールマンザイ』に出ようよ」と誘ってくれたのがきっかけです。

――高校生対象の漫才の大会ですね。それまでお笑いに興味はあったんですか?

どんぐり:まったくなかったですね。男子のグループのなかで『お笑いごっこ』のノリはあったんですけど、「やるぞ!」みたいなのは特になかったです。

――誘ってくれた相方からすると、どんぐりさんが『面白いヤツ』だったということですね。

どんぐり:「誘ったらやってくれるだろうな」くらいの感じだったと思います(笑)。

――誘ってもらって、なんてお返事したんですか?

どんぐり:「あ、いいよいいよ~」の2つ返事で(笑)。こっちもなんか本気じゃなくて遊びの感じだったんで。高校2年のときに初めて舞台に立ちました。茨城のイオンです。

――コンビ名は?

どんぐり:『ATM』です。

――なぜ『ATM』?

どんぐり:相方の名前が青木だったんですけど、青木の『A』、僕のたけしの『T』、漫才の『M』で『ATM』です(笑)。

――初舞台はいかがでしたか?

どんぐり:めちゃめちゃ緊張しました。吐きそうなくらい。

――最初は誰でもそうですよね。

どんぐり:全然思い通りにできなくて、けっこう悔しくて。で、2人で「来年マジでやってみようよ」みたいになって、次の年も出ました。

――次の年は高校3年生ですね。いかがでしたか?

どんぐり:『ハイスクールマンザイ』って、各地のイオンで日にちを分けてたくさんやってるんです。それで「関東エリア全部出ようぜ」ってなって……。

――エントリーすれば、何度でも出られるんですね。

どんぐり:日にちごとに1位を決めるんですけど、どうしても1位取りたくて。10ヶ所くらいエントリーしました。

――すごい気合!

どんぐり:ネタめちゃめちゃ作って。毎回ネタ変えて。

――同じお客さんは、ほとんどいないと思いますが(笑)。

どんぐり:そうなんですけど「同じネタやるって、ダサくね?」みたいになって(笑)。それで、6回目くらいでやっと1位を取れました

――おお!

どんぐり:関東エリアだと出場者が多いので全国大会の前に準決勝があるんですけど、そこで負けちゃいましたね。

――残念。

どんぐり:でも「俺らいけんじゃない?」みたいになって。プロになるために養成所行こうってことで。相方が『東京アナウンス学院(以下『アナ学』)』を見つけてきて、2人で入りました。

2人で養成所に入ったものの

――『ハイスクールマンザイ』地区大会優勝をひっさげて入学したコンビですから、最初はかなり周りに差を付けていたのでは?

どんぐり:よかったですねやっぱり。『ペッパーボーイズ』も同期なんですけど、石本も僕らのこと知ってて。「地方で獲ってたでしょ」って。

――そうなんですね。

どんぐり:同期のなかで『ハイスクールマンザイ』に出てた人はけっこういたんですけど、コンビのままで入学したのは僕らだけでした。だから最初はいい感じでしたね。

――最初は……?

どんぐり:2ヶ月くらいたったころですかね……。相方が突然「お笑いやめる」って言い出しまして。やめちゃったんですよ。

――ええ!

どんぐり:「俺もう学費払えねえ」って言って。そのあとホストとかやってましたね。金に困ってたのかわからないですけど……。

『ゴブリンマジック』として再始動

――それでどうするんですか?

どんぐり:僕はやめる気はなかったんですよ。学費も親が払ってくれてるんで「ここでやめるわけにはいかないなあ」って思って。同期の1人と組み直しました。

――コンビ名は?

どんぐり:『ゴブリンマジック』です。略して『ゴブマジ』でやってました(笑)。

――漫才? コント?

どんぐり:最初は漫才やってたんですけど、あとからコントに変えました。

――『ゴブマジ』の調子はいかがでしたか?

どんぐり:コントに変えたころから、事務所のネタ見せにも行かせてもらえるようになって。同期のなかでも頭ひとつ抜けた感じになりましたね。

(東京アナウンス学院時代)

2度目の解散

――しかし、現在ピン芸人として活動されています。『ゴブリンマジック』はどこかで解散してしまうんですね。

どんぐり:そうなんです。2年生になる直前(アナ学は2年制)に解散しちゃいました。

――なぜ解散してしまったんですか?

どんぐり:僕にも原因があって……。『ATM』でやってたときは相方が全部ネタ書いてて。僕がボケ案出しても、ほぼ採用されなかったんですね。それが『ゴブリンマジック』になって『ATM』でやられたことを僕がやっちゃってたんです。僕がネタ書いて、相方の案をボツにしちゃっうっていう……。

――なるほど。

どんぐり:相方がそれにストレス溜めちゃって。お笑いに対する熱もなくなってきちゃったみたいで。「俺、やっぱ公務員になるわ」って言われて(笑)。

――(笑)

どんぐり:「なんだよみんな金のことばっかり」って思ったんですけど(笑)。そんなこと言われたら止めようもなくて。解散しちゃいました。

ピン芸人『大野剛史』誕生

どんぐり:そこからピン芸人ですね。最初は本名の『大野剛史(おおのたけし)』で。

――ピンで始めてみた感じはいかがでしたか?

どんぐり:実は、それほど苦じゃなかったですね。1人コントやって……。

――どんなコントをされていたんですか?

どんぐり:家のテレビから貞子が2人、3人とどんどん出てきて、そこから逃げるみたいな……。

――ウケはいかがでしたか?

どんぐり:そこそこでしたね(笑)。

――またコンビを組もうという気持ちはなかったんですか?

どんぐり:そのときはもうなかったですね。コンビのときにネタ見せに行かせていただいた事務所に、また行けるようになりましたし。「1人でできるからいいや」みたいな感じでしたね。